急性心不全増悪(acute decompensated heart failure)の治療法には、全くといっていいほどエヴィデンスがない。従って、治療法は十人十色だ。
この病態の面白いところは、直感に反する治療法が当たり前に功を奏するところにある。例えば、
1)腎機能が悪ければ、利尿薬を投与すれば腎機能は良くなる。
この病態で腎機能が悪くなるのは、心臓の拍出量が下がって、腎臓に十分な血液が行かなくなるためだ。利尿薬を投与して、心臓の前負荷を下げることによって、心臓の拍出量は上がる。結果的に、腎臓に多くの血液が行って腎機能は良くなる。
医学部では、腎臓に十分な血液が行っていない病態(=前腎性)では、利尿薬ではなく反対に補液をしなさいと教えられる。また、腎機能が悪いときには利尿薬を与えてはいけないとも教えられる。
実際、よく外病院から急性心不全増悪の患者が転院してくる時、補液をどんどん受けてさらにひどくなっている症例がよくある。また、心不全の症例で腎臓内科にコンサルトを頼むと、必ずと言っていいほど補液を勧められる。
補液で腎機能はちょっとは良くなるかもしれないが、患者はおそらく重症の肺水腫で挿管されるはめになる。利尿薬の使い方に関して、腎臓内科と循環器内科はよくバトルをする。
2)血清ナトリウムが低ければ、利尿薬を投与すればナトリウム値は改善する。
この病態は肝硬変によく似ている。低ナトリウム血症は腹水等の余分な水のおかげでナトリウム濃度が一見下がっているだけで、体内のナトリウム総量は実際には増加している。利尿をすれば、ほとんどの場合ナトリウム値は改善する。
3)急性増悪期において、β遮断薬は使わない。
メトプロロールやカルベジロールといったβ遮断薬に関するエヴィデンスが出て、心不全の治療法は大きく変わった。ただ、これらのエヴィデンスはすべて安定期の心不全の外来患者に関するもので、急性期の心不全でβ遮断薬を使ったエヴィデンスはない。
血行動態的に考えて、β遮断薬は急性期には百害あって一利ない。ACE阻害薬は、後負荷減少が目的ならば、急性期でも意義はある。内科の病棟で、急性心不全増悪で入院中の患者にβ遮断薬を投与して、心源性ショックになってCCUに運ばれるなんてこともよくある。
4)低心拍出量性の心不全患者(cold & wet)には、強心薬を使う。
これは理論的に考えると当たり前のことだが、多くの医師はミルリノンやドブタミンといった強心薬を使うことに抵抗がある。この原因の一つは、こうした強心薬が患者の予後を悪くするというエヴィデンスがあるからだ。
しかしこうしたエヴィデンスは、実際には強心薬の必要のない患者、すなわち心拍出量に問題ない患者(warm & wet)に強心薬を投与した臨床試験に基づいている。杖の必要のない人に杖を与えても、おそらくいいことはないだろう。
5)肺動脈カテーテル(Swan-Ganz)は、治療法を決める上でとても役に立つ。
敗血症などの一般内科的な患者グループで、肺動脈カテーテルの有用性があまりないことがわかっているので、最近は循環器内科以外では肺動脈カテーテルはあまり使われない。
しかし、循環器疾患、特に心源性ショックや急性心不全増悪では、肺動脈カテーテルの有用性は計り知れない。肺動脈カテーテルのデータを毎日見れば、どんな強心薬を使うべきか、あとどのくらい利尿すべきか、LVADを検討すべきか、等々の治療方針を簡単に決めることができる。
実際のところ、肺動脈カテーテルが役に立たないのではなく、肺動脈カテーテルのデータを正しく解釈できる医師が少ない方が問題だ。内科ICUでは最近、肺動脈カテーテルをほとんど使わないので、この前も内科ICUのフェローに肺動脈カテーテルの挿入法を教えてあげた。自分がレジデントをやっていた10年前には、こんなことはあり得なかった。
このほかにも、最近はやっているのが、低心拍出量性の心不全で、規定を満たす患者に、利尿薬で体液状態を治療した後に、両心室ペーシングを行うというものがある。両心室ペーシングも、急性心不全増悪の患者に関するエヴィデンスは全くない。
ただ理論的に考えて、症状を改善したり、強心薬の必要量を減らすのには役に立つだろう。まだ経験した症例がそれほど多くないが、今のところすべてポジティブな結果になっている。
adapt and overcome
3 年前
0 コメント:
コメントを投稿